「エルゴンの岩山?」バラクが聞き返した。かれはすでに重々しい剣を抜いている。
「丸石におおわれた高い丘のことです。言ってみれば、砦のようなものですね。エルゴンという人物は一ヵ月ものあいだそこに立てこもってミンブレイト兵の攻撃を防いだんですよ」
「使えそうだな」シルクが言った。「少なくとも森から離れられる」かれは、霧雨を浴びながら気味悪く迫ってくる木立を、苛立たしそうに眺めまわした。
「よし、そこに行ってみよう」ウルフが決定を下した。「やつらはまだ襲える状態じゃないだろうし、雨で臭覚がにぶっているはずだ」

そのとき、森のうしろから不気味な吠え声が聞こえてきた。
「あれがそうなの?」ガリオンの声は、かれ自身の耳にさえかん高く響いた。
「仲間どうしで呼びあっているのだ」ウルフはかれに言った。「やつらのなかにわしらの姿を見たものがいるんだろう。すこしスピードを上げよう。だが、岩山を見るまではけっして走るんじゃないぞ」
ぬかるんだ道が低い尾根の頂上にむかって上り坂になってくると、かれらは神経過敏になっている馬の歩調を徐々に速足に変え、着実に距離をかせいだ。「半リーグです」レルドリンは緊張した声で言った。「あと半リーグで岩山が見えるはずです」
馬を御するのは容易ではなかった。どの馬もギョロギョロと目をむきながら、あたりの木立に視線を走らせている。ガリオンは胸が激しく鼓動して、口の中が突然カラカラに乾くのを感じた。雨脚がすこし強くなってきた。と、かれは視界の角で何かが動いたのを感じて、すばやくその方向に目を向けた。森の中に百歩ほど入ったところで、人間のような姿をしたものが道路と平行に跳んでいた。両手を地面につき、なかばしゃがむようなかっこうで走っている。ちょっと見たところ、胸くそ悪い灰色をしている。「あそこ!」ガリオンは叫んだ。
「いたな」バラクがうなり声をあげた。「トロールほどでかくないぞ」
シルクは顔をゆがめて、「あれだけ大きけりゃ十分だよ」
「もしあいつらが襲ってきたら、かぎ爪に注意するんだぞ」ウルフが警告した。「毒をもってるからな」
「こりゃおもしろくなってきたぞ」とシルク。
「岩山だわ」ポルおばさんが穏やかに告げた。
「よし、走れ!」ウルフが吠えた。
急に手綱をゆるめられて驚いた馬たちは、前のめりに跳びあがり、ひづめを激しく動かしながら道を駆けのぼった。とそのとき、うしろの木立でフーッといううなり声が聞こえ、あたりの吠え声がどんどん大きくなってきた。
「あと一息だぞ!」ダーニクはみんなを励ますように叫んだ。だが、その瞬間六頭のアルグロスがうなりながら眼前の道路に立ちはだかった。両腕を広げ、背筋が寒くなるほど大きな口を開けている。体は巨大で、猿のような腕と、指のかわりにかぎ爪をもっている。顔はヤギのようで、その上に短いが鋭くとがった角がある。そして、長くて黄色い牙。灰色の皮膚はうろこ状で、爬虫類のようだ。
馬はいななきながら後ろ足で立ち、逸走しようと必死になっている。しがみつき、もう片方の手で手綱と戦った。
バラクは剣のひらで馬の尻をたたき、獣の脇腹を容赦なく踏みつけた。その荒々しさときたら、しまいには踏まれているアルグロスより馬のほうが怯えてしまうほどだった。バラクはそのまま突き進みながら剣を両側に大きくふた振りして、二頭の獣を殺した。三頭目はかぎ爪をひろげてかれの背中に跳びつこうとしたが、レルドリンが放った矢の一本が肩のあいだに刺さると体を硬直させ、顔を下にむけたまま泥の中にドサッと倒れ落ちた。バラクはその場で馬をくるりと回転させ、残る三頭の獣をたたき斬った。「よし、行くぞ!」かれはどなった。
ガリオンはレルドリンのあえぎを聞いてすぐに振り向いた。背中からはいあがるような恐怖を感じながらかれが見たものは、道路わきの木立からはい出てきた一匹狼のアルグロスが、今まさにかぎ爪でレルドリンを鞍から引きずりおろさんとしている光景だった。レルドリンは弓を使ってそのヤギ面をわずかにたたいている。ガリオンは無我夢中で剣を抜いたが、そのときにはもう、うしろから来たヘターがその場に着いていた。かれの彫刻入りのサーベルに体を突き抜かれると、アルグロスはギャッと悲鳴をあげ、荷馬が足踏みしている地面にもがき苦しみながらくずれ落ちた。